アマゾンのミニマリストと捨てられないパジャマ

部屋に物が多い。今視界に入るだけでパジャマが三つある。秋用のやや薄手のパジャマと冬用もパジャマと、さっきまで着ていた真冬用のもこもこパジャマだ。
ベッドの上にもやたらと物がある。ぬいぐるみの猫、クッション、枕、ぬいぐるみの猫、外したままのアイマスク、抱き枕っぽいぬいぐるみ。頭と体はひとつずつなのでどう考えてもそんなにいらない。
そもそも、わたしは部屋をきれいなまま維持しておくということがかなり苦手だ。理由はわかっている。使った物をすぐにもとに戻せないからだ。足の踏み場がなくなり、床の絨毯の色を忘れ、部屋が汚いことを夢に見てからが本番だ。やっと重い腰を上げ、なんとか一気に片づける。そして三日後にはまた同じ状態に戻る。だったらそもそも部屋に置く物の数を減らせばいいのだが、部屋は物で溢れかえっている。捨てても、またいつのまにか増えている。どうして?
話は逸れるが、昔、某通信学習の本のお悩み相談コーナーに、同じようなお悩みが書いてあったのを覚えている(正確にはわたしは悩んではいないのだが)。部屋を片づけられないのですがどうすればいいですか、という相談に対し、回答者は、部屋が全部ゴミ箱と思えばいいんじゃないですかというあんまりな答えをしていた。あんまりだが名案だ。その辺にゴミを放置しても、部屋全体がゴミ箱なのでなんら問題はない。
でもどうしよう。そうしたら、わたしまでゴミじゃないか。

 

完全に途中から本題を思い出すことすら放棄していたが、読書感想文である。別にわたしの三分で考えたぞんざいなおもしろ小話を披露する場ではなかった。
さて。今回の課題図書は『ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観』。おもしろフィールドワークの本だ(最低の紹介の仕方だ)。
今まで書いてきたことはすべてなかったことにして真面目に本の内容を書くと、ピダハン族というアマゾンの奥地に住む少数民族のもとへキリスト教を伝道しに行った元伝道師による、ピダハンの文化と言語、そして三十年以上にもわたる彼のフィールドワークの日々の紹介がつづられている。
ピダハン族の使う言語は、他に類を見ない、かなり珍しい言語らしい。まずありがとうやおやすみという意味の単語がない。左右や数、色を表す言葉もない。そして、どの言語にも見られる「再帰」という形式もない。例えば「掃除ができない女が感想を書く」という文がある。これが「再帰」だ(と思う。本に書かれている言語学のところはわりとちんぷんかんぷんなので、ふわふわした感じで読み飛ばしてほしい)。この文を解体すると、「掃除ができない人物」がいて、それは「~~という女」で、そしてそれらがさらに「女が感想を書く」という文の中にある。このような入れ子構造が「再帰」なのだが、これはどんな言語にも備わっていると考えられてきた。だがピダハン語にはこの「再帰」は見られず、きわめて単純な文が独立して存在するだけだ。これは言語学の定説を否定するもので、これが本の副題でもある「『言語本能』を超える文化と世界観」というわけだ。
さらに彼らの文化には創世神話もなければ、神さまもいない。これらのないないづくしには共通の事柄が関係している。それは、彼らは自分が直接体験したものしか信じないということだ。彼らの世界観の基本は「今、ここ、自分」だ。ピダハン族の人々は未来の心配をしないから、村には精神疾患も存在しないのだという。

つまり、言ってみれば、ピダハンは究極のミニマリストだ。彼らは「余計な」荷物を持たない。だから彼らは幸福でいつも笑っている。
異文化にどっぷりと浸かった研究者が、わたしたちの住む文化との差異や意外な共通点を提示し、それを読む読者の方は自分を取り巻く文化に疑問を持つ。それがこうしたフィールドワーク研究の本の面白さだと思っている。

日本の文化は多種多様な色の名前を持っていることが、たまにとても誇らしいことのように言われている。色の名前がたくさんあるのは風土や自然、そして着物という文化が関連しているし、個人的には微妙な違いを楽しむ心意気は大好きなのだが、別に色なんかなくても幸せに暮らしている人たちが地球の裏側にいるのである。もちろん色の多さと幸せ不幸せは直接関係しないが、文化には本来優劣なんてなく、そこにあるのは差異だけなのだと本書を読んで強く思った。

「今、ここ、自分」しかないピダハン族は幸福だ。心配事がないなんて羨ましい。でもそれは病気や自然の脅威のせいで常に死と隣り合わせの、死を特別なものとは見なさない過酷な環境や、全体でも四百人を割る小さな社会など、彼らを取り巻く世界が大きく関わっている。だがら、はい、今からピダハン族のように生活をして幸せを感じましょうとはいかない。いくらミニマリストがいいと言われようが、簡単になれたら苦労しない。今のところ、三つあるどのパジャマもわたしは手放せない。小汚いぬいぐるみもだ。でもだからこそ彼らの生活に憧れ、羨ましく思うのだと思う。

 

さて、次の本ですが、今回に続いて異文化がテーマの本にしようと思い、いくつか候補をピックアップしてみました。話題になる本って意外とこの手のテーマが多いのでしょうか。最近だと『バッタを倒しにアフリカへ』とか『ルワンダ中央銀行総裁日記』とか『英国一家、日本を食べる』とか、案外早く候補が見つかりました。

その中からさてどれにしようかと考えていたのですが、そのときふと、この読書リレーの目的を思い出しました。相互理解です。どれも面白い本ですが、目的を果たすにふさわしいかというと微妙です。熟考の末、まっちは最適解を求めて、Amazonへ飛んだ――

家の本棚に同じシリーズの本がたくさんあったので、よく絵本替わりに読んでいた本です。こういう細かいところまで描かれた絵が大好きで、そういう図鑑もよく眺めていたなと思い出しました。絶版の本も売ってるAmazon、ありがとう!オネシャス!!

次回:『河童が覗いたニッポン』妹尾河童

11月29日まで

 

 

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